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商店街オタク

Author:商店街オタク
商店街が大好きです。日本全国の商店街を歩いている商店街オタクです。歩いてるっていっても旅行のついでに商店街もちょいとのぞくってスタイルですが。繁盛商店街もシャッター商店街も愛すべき商店街であることは同じです。日本の商店街の魅力を紹介していきます。内祝い米の間瀬木商店の間瀬木績(愛知県豊川市の米屋です) masegi1@yahoo.co.jp


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愛知県豊川市 諏訪商店街 71‐4

s.jpg
上の写真は、昭和40年代頃~63年まで諏訪商店街にあったスーパーです。
私にとっても、とても思い出深い地元のスーパーでした。
中に入っていたテナント店は、どこも繁盛していて
皆さん大きな家を建てました。

下の写真は、諏訪商店街の再開発のため
昭和63年にできた第三セクターの商業ビルです。
ちょうどバブル絶頂の頃に建てられました。

テナントの中心はユニーのアピタでした。
開業から5年間は全ユニーグループの中でトップ5の売上で
店長はご褒美でハワイ旅行とか行ってましたね。

それから20年…
このアピタは全ユニーグループの中で下から2番目まで低迷し、
昨年、撤退しました。

今は静岡のスーパーが入っています。

盛者必衰というか、時代の流れというか、
その荒波のなかを、現在も諏訪商店街は踏ん張って生きています。

世の中、先のことなんか誰にもわかりません。
その時その時を一生懸命生きることが何より大切かな、
と私は思います。

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愛知県豊川市 諏訪商店街 71-3

dfeqd.jpg
昭和20年頃は、まだ諏訪商店街ってなかったんです。
戦後生まれた商店街なんですね。

ちなみに、下の写真からもわかりますが、
昭和20年8月に
現在の諏訪商店街近くにあった豊川海軍工廠は空襲にあい
焼け野が原でした。
2500人以上が亡くなっています。

18年後には、上の写真のようになり
高度経済成長の波に乗ったようです。

愛知県豊川市 諏訪商店街の今昔 71‐2

gtew.jpg
上の写真は昭和40年代頃だろうか。
諏訪商店街を通る姫街道ですね。

私には、左の昔の写真の記憶は全くありません。
どこか別の町の風景にしか見えません。

sd.jpg grqw.jpg
下の写真は、見慣れた現在の風景ですね。

上の写真は昭和33年とのこと。
私の祖母と父が諏訪の町に来たのは、昭和29年なので、
諏訪の町での創業当初の雰囲気を色濃く残している写真であろうと思います。

約50年でこんなに風景は変わるものなのか。
当時の面影は、ほぼない諏訪商店街です。

愛知県豊川市 諏訪商店街の今昔 71

few.jpg
上の写真は、私が生まれた頃から小学校に入る前頃です。
上下水道の工事の様子ですね。
豊川市で一番最初に上下水道をした場所です。

下は今ですね。

上下とも、撮影者の撮影した場所の真左が、私の家になります。

福島県郡山市 駅前大通り商店街 70

DSC01649.jpg
私の郡山市の記憶の源流は、
小学校の時の社会科の教科書に
理想の街作りをしている場所として載っていたことになります。

それっきり、郡山市にはさほど興味はありませんでした。
普通の街かなと思いまして。

郡山市は以前1度だけ駅で降りたことはあります。
その時は特になんの感慨もありませんでした。

DSC01653.jpg
今回、郡山の駅前商店街をしっかり?見て
郡山市のイメージがガラリと変わりました。

まず、なんといっても洗練された都会であること。
街作りに行政の強い意志を感じたこと。
結構、規制が厳しいこと。(←いい意味です)
小さな商店が多くあると同時に、大きな商業施設ともバランスよく共存していたこと。
街がとてもきれいだったこと。
活気ある街の気配がぷんぷんしていたこと。

一言でいって、素晴らしい街作りをしている!

商店街オタクとしては、かなり高ポイントな商店街ですね。
日本の商店街ベスト3に入りますね。
(静岡駅前商店街、鹿児島天文館と並びますね)

DSC01650.jpg
単に大通りだけに商店が連なっているだけでなく、
路地裏に飲み屋街がひしめているところも、素晴らしいです。

大通りと横町の路地のバランスがとても良く、
人がとても暮らしやすい商店街だな、
街の人々が誇れる商店街だな、と思いました。

このような商店街は、
ありそうであまりないんです。

とても稀有な商店街ですね。

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商店街の良さ

商店街の良さのひとつに、
『ノスタルジーに浸れる』ってのがあると思います。

以前から、日本では、
「ノスタルジー=後ろ向き=懐古趣味」→否定的なイメージ
が支配的で、
インテリの人ほど、そう思う傾向は強いと感じます。

私は思うんですが、
前ばかり向いていても
本当の豊かさや深み、絆、楽しさって、
得られないのではないかな?と…。

時間は前に進むけど
過去の膨大な時間の集積から学ぶべきことや感じることって
とても大きいと思うのです。

福島県須賀川市 本町商店街69

DSC01646.jpg
福島の須賀川って
美味しい米の産地として米屋業界では有名ですが、
一般的には知名度低いかも?ですね。

町の地名度もさほど高いようには思いませんが、
行って初めてわかりますが、

住民や商店街の皆さんの町への愛情はハンパないです。
そこかしこに愛情を感じます。

DSC01648.jpg
須賀川本町商店街で目につくのは、「花」です。
本当にかわいらしく美しかった。
このような美が、日本の美だなとあらためて思う。

DSC01642.jpg
本町商店街の隅っこ。
もともとは、こういう感じの商店街だったのを
ある時、再開発で上記写真のような商店街にしたのでしょう。
(道路の拡幅ときれいな街並みに)

DSC01643.jpg
地震の影響は、町を注意深くみていると
いろいろな場所で散見できた。

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福島県白河市 中町商店街 68

DSC01627.jpg
5月3日 GWを利用して東北に行ったついでに寄ってきました。
白河駅前にある中町商店街です。

*白河って、
 うちで扱っているのは、
 「福島の白河ひとめぼれ」なんで、とてもお世話になっている場所なのです。
 美味しいお米を作ってくれているいいイメージしかない場所であります^^;

DSC01628.jpg
朝早く、またGWということで
店はどこも開いておらず、コメントしずらい^^;

でも、商店街オタクとして語れるキーワードになるモノが…。
I♡中町の垂れ幕と街路灯。

垂れ幕があるってことは商店街活動をしているって意味するし、
街路灯を設置しているってことは行政がそれなりに力を入れているってことを意味しますね。

DSC01629.jpg
歩いてすぐの場所にあった白河駅。
カワイイ駅でした。
駅舎内も田舎らしい木製のベンチがあり、よい雰囲気。

空気が美味しかった。

DSC01631.jpg
駅の裏には、白河小峰城が見えました。
1300年代の南北朝時代に建てられたんですって。

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New赤ちゃん米(うし年バージョン)

赤ちゃん米 牛  110514_231206.jpg

New赤ちゃん米のデザイン
完全手作りオリジナルです!

赤ちゃん米は、
出産の内祝いに大人気ですよ~!

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New 赤ちゃん米のデザイン

110514_010541.jpg  赤ちゃん米ドットpink2s
 
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那須高原SA

5月2日 20時に店を閉めてから
東北に向かった。

高速道路は深夜に走るに限る。
渋滞にはまらないから。

首都高あたりで、車から異音とヤバそうな振動が大きくなり始めた。
エンジンオイルは地元で換えておいたから、
たぶん、ミッションオイルが原因だろうと推測しながら
だましだまし首都高を抜けた。

自動変速機が2500回転3500回転付近で
必ず「ガタンッ」と音を立てた。
冷や冷やの走行だった。

首都高を抜け最初のSAである埼玉の蓮田のGSに駆け込んだ。
案の定、ミッションオイルの劣化ですね、と。
それとバッテリーも弱ってますね、と。

想定外の出費。
実に実に実に、イタかったwww

今回の東北の旅でもっとも心にズキンッと来たのは
この出費だったかも^^;
(小さな話ですみません)

けれど、
この車の修理で、燃費は9kmから14~15,2kmまで伸びるようになった。
不快な異音も振動もまったくしなくなった。

その後は、車も快調、精神的ストレスからも解放され、
白河IC手前の
那須高原SAに無事到着した。
朝の4時頃だったけかな?

多くの災害援助物資を積んだ車が休んでいた。
私もここでフラットにした荷台で、寝袋と毛布にくるまって仮眠。

朝、福島の白河ICで降り、
その後は、帰途に着くまで、ずっと東北の下道を走り続けた。


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無音の世界 (原発から14km地点:南相馬)

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5月3日
相馬市田町商店街(50km地点)
もともと人が少ないのかどうなのかよくわからなかったですが。

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相馬市の郊外ロードサイド。
日本全国どこにでもある風景ですね。
どこも営業してました。

DSC01687.jpg
相馬市のかっぱ寿司、ジャスコ、カインズやってました。

DSC01690.jpg
相馬から南相馬に通じる国道6号線は、交通量多かったです。
意外でした。

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南相馬に入ると、眼前に無数の打ち上げられた漁船がありました。
他県にくらべガレキの撤去作業はあまり進んでないように感じました。

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右に曲がれば南相馬市役所。
約27km地点。
このあたりから交通量が減っていきます。

DSC01703.jpg
交通量減ってますね。

どこかで車両規制があると思ったんですが、なかったです。
ずんずん進んでいけば、間違いなく爆心地まで行ってたと思います。

マスクをしてる人は思ってったより少なかったです。
また普通に窓ガラス開けて車走らせている人多かったですw
まあ、この日は暑かったですから。

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その後も少ないながらも南下していく車両は何台もいたので、釣られて…
車を結構なスピードでずんずん走らせていたのですが、

さすがに、本能的にヤバいんじゃないか?
と思い、
さっぽろラーメンどさんこの駐車場に入り停車しました。

無音の世界でした。

生物のいる感じがしなかったですね。
生ぬるい春の終わりの南東風が、びゅーびゅー吹いてただけです。

(帰宅後、ここは原発から何km地点かgoogle mapで調べたら、14㎞地点でした。
 0.5マイクロシーベルトくらいでしょうかw)


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原発から最前線で営業していた「すき家」。25km地点。
周囲の大型全国チェーンの
トヨタやホンダの販売店、しまむら、イエローハット、ベスト電器、GS、コンビニなど
すべて休業中でしたが、
すき家だけは敢然と社会インフラとしての牛丼屋の使命感から営業していました。
大繁盛してました。

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また30km地点でも
個人経営のラーメン屋、焼肉屋、とんかつ屋、和食屋など
数店は営業してました。
ここも大繁盛してました。

地域とともに生きてきて地域でしか生きられない
個人経営の小さな店の意地と根性を感じました。
地元に根を下ろし生きるとは、どういうことか考えさせられました。



39km地点に自衛隊の最前線駐屯地がありました。
防護服を着て原発方面に向かっていった自衛隊の車両を何台もみました。

今は防護服でも耐えられると思うけど
夏はどうするんだろう?
間違いなく熱中症で倒れると思いますが。

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気仙沼(坂の商店街を下り漁港へ)

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市街地に向かって走っていると商店街に入りました。

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行って初めて知ったのですが、南三陸町は気仙沼のすぐ隣町でした。

DSC01806.jpg
坂の上の商店街を、道なりに下っていきます。

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自然と漁港の商店街に着くのですが、その光景はすごかったです。

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倒壊しそうな建物ばかりでしたが、大抵の道は通行可でした。

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どこも道路はやけにきれいでした。

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特に驚くこともなくなりました。

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サンドウィッチマンで有名なお魚市場。
行くつもりはなかったですが、道なりに進んでいたら自然と出てしまいました。

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大きな船も。

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救援物資を届けようにも
避難所がどこにも見つからなったので、
気仙沼の山の上にあった月山中学校に行きました。
救援物資のうまい棒200本を置いてきました。


この写真からは、伝わりにくいですが、
気仙沼は非常に明るく元気で力強かったです。
町が上気していました。

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気仙沼(市街地へ向かう道)

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東北へ

GWは東北3県に行ってきました。
印象深かったのは気仙沼と南相馬です。

気仙沼はTVで見る以上に激甚にひどかったですね。
戦争で爆撃にあったようでした。
でも、人モノ想いがどんどん投入されており、
街が上気し元気で明るかったです。
早晩復興できると確信です。

南相馬は原発から14㎞地点までずんずんと
なぜか行けちゃいましたw。
南東風がびゅーびゅー吹いてました。
25km地点ではすき家が営業してたのが印象的で、
最前線のすき家以南は、無音の世界でした。



話すべきことはたくさんあるのですが、
私が思うに、
「行ける人は、どんどん東北に行くべき」です。

ボランティアをしなくても
見にいくだけでも十分貢献できると思います。
ボランティア渋滞なんて起こってないので大丈夫です。
特に気仙沼は見てほしいですね。

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